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【報道解説】風邪の抗菌薬は不要?国の方針と正しい薬の使い方

【報道解説】風邪の抗菌薬は不要?国の方針と正しい薬の使い方

2025年9月11日、毎日新聞などから一つのニュースが報じられました。

「風邪やインフルエンザに抗菌薬を処方した場合、保険請求を認めない方針」[1]というものです。

これは、これまで慣習的に行われてきた「念のための抗生物質」という処方が、国として「医学的に不適切である」と明確に判断されたことを意味します。

「風邪をひいたら抗生物質をもらうのが当たり前だった」
「いつもと同じ薬がもらえなくなるの?」

このようなニュースに触れ、戸惑いや不安を感じた方もいらっしゃるかもしれません。

この記事では、今回の国の新しい方針とその背景を、仙台市で内科・循環器内科クリニックを開業する医師の視点から分かりやすく解説します。

ご自身やご家族の健康を守るための大切な知識ですので、ぜひ最後までご覧ください。

1. ほとんどの「風邪」に抗菌薬が効かない理由

結論からお伝えすると、風邪の原因の約90%は「ウイルス」だからです。[2]

病気を引き起こす病原体には、主に2種類あります。「ウイルス」と「細菌」です。

  • ウイルス: 非常に小さく、他の生物の細胞に入り込んで増殖します。(例:インフルエンザウイルス)
  • 細菌: 栄養さえあれば自分自身で増殖できます。(例:溶連菌)

そして「抗菌薬」や「抗生物質」と呼ばれる薬は、細菌には効きますが、ウイルスには全く効果がありません。

つまり、ウイルスが原因の風邪に抗菌薬を飲んでも、症状は良くならず、副作用のリスクだけを負ってしまうことになるのです。

風邪の一般的な経過やご自宅での対処法は、こちらの記事もご参照ください。
→風邪(かぜ)の症状と対処法

2. 不適切な使用の本当の怖さ「薬剤耐性菌」とは?

「効かないなら、別に飲んでも害はないのでは?」そう思われるかもしれません。

しかし、ここには非常に深刻な問題が隠されています。それが「薬剤耐性(AMR)」の問題です。

薬剤耐性菌とは?

薬剤耐性菌とは、抗菌薬が効かなくなってしまった細菌のことです。

抗菌薬を不適切に使い続けると、細菌が薬に慣れてしまい、薬を生き延びる術を身につけてしまうのです。

この問題は世界的に重要視されており、日本でも厚生労働省が「AMR対策アクションプラン」を策定し、国を挙げて対策に取り組んでいます。

薬剤耐性菌

例えば、一時期マイコプラズマが流行したことがありました。

その際、一部の医療機関では「流行しているから」という理由で、風邪症状の患者さんへ一律に抗菌薬(特にジスロマック®️)が処方されるケースが見られました。

こうした抗菌薬の広範な使用が、薬剤耐性を持つマイコプラズマを増やす一因になったと考えられています。

この問題は、決して遠い未来の話ではありません。

実は先日、筆者である私の娘と息子がマイコプラズマ肺炎にかかりました。

特に4歳の息子は40℃近い高熱が1週間近く下がらず、こども病院に入院しました。

もちろん抗菌薬(ジスロマック®️)は使いましたが、効果が見られなかったのです。

診断は、まさに「薬剤耐性マイコプラズマ」でした。

このように、抗菌薬の不適切な使用が招いた現実は、ここ仙台でも、決して他人事ではないのです。

この薬剤耐性菌が増えてしまうと、肺炎や尿路感染症といった身近な病気も例外ではなく、様々な細菌感染症が治せなくなります。

これは、「いざという時に頼れる薬がなくなってしまう」ことを意味します。

ご自身だけでなく、社会全体にとっての大きな脅威となるのです。[3]

3. 『切り札』となる大切なお薬について

もちろん、抗菌薬は私たちの命を救うために不可欠な大切なお薬です。

重い細菌感染症と戦うために、強力な抗菌薬が必要になる場合もまれにあります。

ジェニナックⓇやグレースビットⓇ、ラスビックⓇといった薬は、まさにそうした時のための『切り札』です。

非常に幅広い細菌に効果がある一方、使い方を誤ると大きなデメリットも伴います。

  • 私たちの体に必要な“良い細菌”まで攻撃してしまうことがある。
  • 最も懸念されるのは、『薬剤耐性菌』を生み出す原因となりやすいこと。

非常に強力である分、取り扱いに深い知識と慎重さが求められる『諸刃の剣』なのです。

4. よくあるご質問(Q&A)

Q. 風邪と肺炎の見分けは難しいと聞きます。念のため抗菌薬を処方できませんか?

A. 確かに、ご自身で判断するのは難しいかもしれません。
だからこそ、私たち医師による丁寧な診察が重要になります。
医師は聴診や症状の経過から、ウイルス性の風邪か、細菌性の肺炎の可能性があるのかを慎重に見極めています。

「念のため」の抗菌薬処方は、メリットよりもデメリットの方がはるかに大きいと言えます。

実際に、風邪の患者さんに対する抗菌薬の効果を調べた多くの研究でも、症状の改善効果はほとんどない一方で、下痢などの副作用のリスクを高めることが示されています。[4]

本当に抗菌薬が必要な状態かどうかを的確に判断することが、患者さんの体を守る上で最も大切です。

Q. 以前、抗菌薬をもらって風邪が良くなった経験があります。効くのでは?

A. こうしたお話は非常によく伺います。
「最初の病院では抗菌薬が出なかったけど良くならず、数日後に別の病院で抗菌薬をもらったら、そこから良くなった」というご経験です。
そのように感じられるお気持ちは、よく分かります。

しかし、これも「抗菌薬が効いた」わけではなく、「ご自身の免疫力で治るタイミング」と、「お薬を飲んだタイミング」が偶然重なった可能性が極めて高いのです。

0 1 2

上の図が示すように、風邪の症状は一定の経過をたどります。
多くの場合、発熱やのどの痛みは、かかり始めから2〜3日目にピークを迎えます。
そして、そのピークを過ぎると、体自身の免疫の力で自然と回復に向かい始めるのです。

熱が出てすぐに受診した場合、発熱のピークに達するまで数日はむしろ症状が悪化します。

「せっかく病院を受診したのに症状がひどくなった」と感じて2件目の病院を受診するのは、ちょうどこの症状のピークの時期と重なることが多いです。
そこで今度は抗菌薬が処方されたとします。

すると、ちょうど発熱のピークを超えて体調が回復し始めるタイミングと一致するため、あたかも「抗菌薬のおかげで治った」かのように感じられてしまうことが多いのです。

5. なぜ「不要な抗菌薬」が処方されてしまうのか【行動経済学の視点】

「風邪に抗菌薬は不要なことは分かった。でも、なぜ今まで処方されていたの?」そう疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。

この背景には、人間の意思決定の「クセ」を研究する行動経済学で説明できる、患者さんと医師の間の複雑な心理の「すれ違い」があります。[5]

患者さん側に見られる心理的なクセ

  • 「今すぐ楽になりたい」という気持ち(現在バイアス)
    私たちは誰でも、遠い未来の大きな利益より、目の前の小さな利益を優先してしまう心のクセを持っています。
    風邪でつらい時、将来の「薬剤耐性菌を防ぐ」という大きな利益よりも、今この瞬間の「薬をもらって安心したい」という目の前の感情をつい重視してしまうのです。
  • 「あの時も効いたから」という経験則(利用可能性ヒューリスティック)
    「以前、抗菌薬を飲んだら治った」という鮮明な記憶は、客観的なデータよりも強く判断に影響します。
    科学的には、風邪への抗菌薬の効果は偽薬(プラセボ)と大差ないことが分かっていても、「抗菌薬=効く薬」という強い結びつきが生まれてしまうのです。[4]
  • 「せっかく来たのだから」という損失感情(損失回避)
    時間やお金をかけて受診したのに、「薬はありません」と言われると損をした気持ちになることがあります。
    何か具体的な「処方」という形で成果を得たいと感じるのも、自然な心理と言えるでしょう。

医療者側が陥りやすい状況

「風邪に抗生剤は効かない」という事実を知らない医師はおそらく一人もいません。

「プロサッカー選手なのにオフサイドを知らない」というくらい不自然です。

それでも風邪に抗菌薬を処方してしまう医師がいるのには、以下の理由が考えられます。

  • 説明コストと時間的制約
    限られた診察時間で、抗菌薬が不要な理由を丁寧に説明するのは大変な労力です。
    特に混雑している状況では、安易な処方で場を収めてしまう選択に傾きやすくなります。

  • 「万が一」を避けたい気持ち(後悔回避)
    そもそも「風邪」とは、原因に関わらず1〜2週間で自然に治る上気道感染症です。
    しかし、「万が一、重い肺炎に進行したら…」という低い可能性を過大に評価してしまうのです。

    ある研究では、肺炎を1例予防するために抗菌薬が必要な患者さんは約4,000人以上と報告されています。
    一方で、副作用は20〜30人に1人の割合で起こります。[6]
    この非常に小さなメリットと、はるかに起こりやすいデメリットを比べると、「念のため」の処方は正当化しにくいのです。

    それでも、万が一の重症化を見逃した後悔を避けたいという心理が働くことがあります。
  • 口コミサイトでの低評価への危惧
    「薬を出してくれなかった」という不満が、たとえ医学的に正しくても、低評価に繋がる可能性があります。
    クリニックの評判という現実的な問題から、患者さんの希望に応えてしまうという圧力も存在します。

このように、双方の立場から見れば理解できる心理が複雑に絡み合い、「抗菌薬の乱用」という問題につながっているのです。

6. 当院の診療方針と患者さんへのお約束

こうした「すれ違い」を乗り越えるため、当院では対話を何よりも大切にします。
患者さんが抗菌薬を求めてしまう大きな理由の一つが、症状への「不安」だからです。

当院では、その不安を薬ではなく、
「十分な説明による安心感」で解消します。
これこそが、風邪診療の最も大切な“処方箋”だと考えています。

医者と患者

不安を安心に変える「これからの見通し」のご説明

診察の結果、一般的な風邪と判断した場合、今後の症状の「見通し」を具体的にお伝えします。

  • 熱について

    「熱のピークは、通常かかり始めから2〜3日です。今晩から明後日くらいまでは高い熱が続くでしょう。それを超えれば、ゆっくりと下がっていきます。」

  • 症状の順番について

    「最初に辛かった喉の痛みは、熱が下がると和らぐことが多いです。咳や痰は、熱が下がった後からひどくなる傾向があります。」

  • 咳が長引く可能性について

    「咳は一番最後に残ることが多く、時に1〜2ヶ月続くこともあります。多くは自然に良くなりますので、焦らないでください。」

このように、これからご自身の体に起こることを知っておくことで、いたずらに不安になることを防ぎ、安心して療養できると考えています。もちろん、「こういう時はもう一度受診してください」という具体的な目安も必ずお伝えします。

もし、本当に抗菌薬が必要な場合は

診察の結果、抗菌薬が本当に必要だと判断した場合もあります。その際には、必ず以下の点をご説明します。


  1. どの臓器の感染症が疑われるのか
  2. どういった種類の細菌による感染が予想されるのか
  3. それを踏まえて、なぜこの抗菌薬を処方するのか

これらは、抗菌薬を処方する際、どんな医師であっても患者さんに必ず説明しなければならない基本事項です。

「風邪だから」という理由で処方するのは間違いです。

また、本当に必要な場合でも、何の説明もなしにお渡しするのは論外です。

なぜ今その抗菌薬が必要なのか、患者さんご自身が完全に納得されるまで、一から丁寧にご説明することをお約束します。

7. まとめ

今回は、最近の報道をきっかけに、風邪と抗菌薬について解説しました。

  • 風邪のほとんどはウイルスが原因であり、抗菌薬は効かない。
  • 不適切な抗菌薬の使用は、「薬剤耐性菌」という深刻な問題を引き起こす。
  • 抗菌薬には、なぜそれが必要なのか、医師による丁寧な説明が不可欠である。

ご自身の体調について不安を感じた際は、ぜひ私たち専門家にご相談ください。

お一人おひとりを丁寧に診察し、科学的根拠に基づいた最適な治療をご提案いたします。

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仙台市で風邪の症状や、お薬に関するご不安など、どんな些細なことでもお気軽にご相談ください。

私たちは、あなたの不安に耳を傾けることから診療を始めます。

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【参考文献】

  1. 毎日新聞. “風邪やインフルで抗菌薬処方は原則NG 保険請求「認めない」方針”. 2025年9月11日.
  2. 厚生労働省. 抗微生物薬適正使用の手引き 第二版.
  3. 国立国際医療研究センター病院 AMR臨床リファレンスセンター. 薬剤耐性(AMR)ってなんだろう?.
  4. Kenealy T, Arroll B. Antibiotics for the common cold and acute purulent rhinitis. Cochrane Database Syst Rev. 2013;(6):CD000247.
  5. 大竹文雄, 平井啓 編著. 医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者. 東京: 東洋経済新報社; 2018.
  6. Little, P. Prescribing antibiotics for self limiting respiratory tract infections in primary care: summary of NICE guidance. BMJ. 2008;337:a437.

【この記事を書いた人】

院長 諸沢 薦
仙台どうき・息切れ内科総合クリニック

医学博士
日本内科学会 総合内科専門医
日本循環器学会 循環器専門医
日本不整脈心電学会 不整脈専門医

【免責事項】
この記事は情報提供を目的としており、特定の治療法を推奨するものではありません。

また、個別の症状に対する医療上のアドバイスに代わるものでもありません。

ご自身の健康状態に関する具体的な問題については、必ず専門の医療機関にご相談ください。

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