症状のない高血圧、なぜ治療が必要?
放置リスクと新しい基準(JSH2025)に基づく賢い付き合い方
健康診断で「血圧が高い」と言われたけれど、特に症状はないし、毎日元気に過ごせている…。
「症状がないのに、本当に治療が必要なの?」
「血圧の薬は、一度始めたらやめられないのでは?」
「これ以上、薬の種類や量を増やしたくないんだけど…」
このような疑問や不安をお持ちではありませんか?
高血圧は、「サイレントキラー(沈黙の殺し屋)」とも呼ばれます。
自覚症状がないまま静かに進行し、私たちの体にダメージを与えていく病気です。
頭痛やめまいといったサインがないため、「大丈夫だろう」と見過ごされがちです。
しかしその裏では、脳や心臓、腎臓といった大切な臓器への負担が、日々積み重なっている可能性があります。
しかし高血圧は、ご自身の状態を正しく知り、適切な対策を講じることが重要です。
そうすることで、脳卒中や心筋梗塞などの重大な病気のリスクを大幅に減らすことができます。
この記事では、内科・循環器内科の専門医として、高血圧に関する皆さまの疑問や不安にお答えします。
最新の「高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)」[1] の情報に基づき、一つひとつ丁寧にお伝えします。
「なぜ治療が必要なのか」
「どのような原因が考えられるのか」
「生活習慣で気をつけることは何か」
「検査や薬とどう付き合っていけばいいのか」
そして「ご自身でできる血圧管理(家庭血圧測定の重要性)」まで、網羅的に解説します。
一緒に学び、未来の健康を守る第一歩を踏み出しましょう。
この記事の目次
1. 高血圧とは? ― 新しい基準(JSH2025)と放置リスク
血圧の基本的な仕組み
まず、「血圧」とは何かをおさらいしましょう。
血圧とは、心臓がポンプのように血液を全身に送り出す際に、血管の壁にかかる圧力のことです。
健康診断の結果などでは、「130/80mmHg(ミリメートルエイチジー)」のように、この2つの数値で表されます。
高血圧の診断基準
では、どのくらいの数値から「高血圧」とされるのでしょうか?
2025年に改訂された日本高血圧学会のガイドライン(JSH2025)では、高血圧の基準が大きく見直されました [1]。
【新しい高血圧の基準(JSH2025)】
これは、従来の基準(診察室 140/90mmHg以上)よりも厳しくなったものです。
「130台」の血圧でも脳卒中や心筋梗塞のリスクが高まることが、近年の研究で分かってきたためです。
高血圧と診断された場合の治療の目標値も、原則として「診察室血圧 130/80mmHg 未満(家庭血圧 125/75mmHg 未満)」と設定されています [1]。
2. なぜ基準は厳しくなったのか?(JSH2025改訂の背景)
「基準が厳しくなった」と聞くと、「すぐに薬を出されてしまうのでは?」「医療費を上げるためでは?」とご不安に思われるかもしれません。
しかし、今回の基準変更は、決してそういった理由ではありません。
背景には明確な科学的証拠(エビデンス)があります。
「130台は安全」ではなかった
これまでのJSH2019では、「140/90mmHg以上」を「高血圧」と呼んでいました。
「130台」はその一歩手前の「高値血圧(様子見)」と位置づけていました。
しかし、その後の大規模な研究により、「130台」の人は、血圧が正常な人(120/80未満)に比べ、明らかに心臓病や脳卒中になりやすいことが判明したのです。
基準変更のきっかけとなった「SPRINT試験」
この流れを決定づけたのが、2015年に発表された米国の「SPRINT試験」という非常に有名な臨床研究です [4]。
この研究では、高リスクの患者さんを2つのグループに分けました。
その結果は非常に明確でした。
「厳格降圧群(120mmHg未満を目指す)」は、「標準降圧群(140mmHg未満を目指す)」と比べて、心筋梗塞や脳卒中などの心血管イベントの発症リスクが約25%低下しました。
さらに、あらゆる原因による死亡リスクも約27%低いという、驚くべき結果でした [4]。
この結果は、「血圧は、より低く、より厳格に管理した方が、命を守る上で明確なメリットがある」ことを強く示しました。
JSH2025の結論:「早めの対策」こそが健康を守る
SPRINT試験やその後の多くの研究結果を受け、米国や欧州では先行してガイドラインが厳格化されていました。
そして今回、日本人のデータも十分に検証した上で、「JSH2025」が発表されたのです。
つまり、新しい基準(130/80以上)は、「薬を増やすため」ではなく、
「将来の深刻な病気を防ぐため、様子見をせずに、130台という“注意報”の段階から、生活習慣の見直しや適切な管理を本気で始めましょう」
という、大切なメッセージなのです。
「少し高いだけ」が血管を傷つける ― 放置リスク
「症状がないから大丈夫」「130台ならまだ問題ない」――そう思われるかもしれません。
しかし、高血圧の本当に怖いところは、自覚症状がないまま静かに血管を傷つけ、動脈硬化を進行させてしまう点にあります。
血圧が高い状態が続くと、血管は常に内側から強い圧力にさらされ続けます。
すると、血管は徐々に厚く、硬く、もろくなっていきます。これが動脈硬化です。
動脈硬化が進むと、血管が詰まったり破れやすくなったりします。
その結果、以下のような命に関わる重大な病気を引き起こすリスクが高まります [2, 3]。
これらの病気は、ある日突然発症し、命を奪ったり、深刻な後遺症を残したりすることがあります。
自覚症状がないからこそ、早期対策と日々のチェックが重要
高血圧は、ほとんどの場合、自覚症状がありません [1]。
そのため、「気づいたときには、すでに動脈硬化や合併症が進行していた」というケースも少なくないのです。
例え話:車の運転と同じです
安全に車に乗り続けるためには、定期的な車検が欠かせませんよね。
車検でブレーキに異常が見つかれば、大きな事故を起こす前に修理します。
もし、その異常に気づかずに運転を続けていたら、いつ重大な事故につながるか分かりません。
高血圧の管理も、これととてもよく似ています。
家庭血圧を毎日測定することは、いわばご自身の体の“定期点検”です。
この点検によって「普段の血圧が高い(JSH2025では 125/75mmHg 以上)」という“異常”が見つかれば、それは体からの重要なサインなのです。
もし家庭血圧の異常に気づかずに、「症状がないから大丈夫だろう」と日頃のチェックを怠って生活を続けてしまうと、静かに病状が進行してしまう可能性があるのです。
だからこそ、日頃からご自身の血圧が常に目標値(原則 125/75mmHg 未満)を達成できているかを、家庭血圧測定によってご自身でチェックすることが大切です。
その記録を医師と共有し、それに基づいて治療(おくすりの調整など)を最適化していくことが不可欠です。
普段の生活の中での「本当の血圧」を把握し、治療に活かすことが、あなたの健康を守るための第一歩となります。
(家庭血圧測定の重要性については、「5. 家庭血圧測定のすすめ ― あなたの本当の血圧を知る」や、より詳しい「E. 家庭血圧測定の詳細ガイド」で解説しています。今後順次アップロードしていきます。)
2. 高血圧の原因 ― あなたの血圧はなぜ高い?
高血圧の原因は一つではなく、複数の要因が絡み合って発症することがほとんどです。
遺伝的要因と加齢
これらの要因は、ある程度避けられないものです。
血圧を上げる主な生活習慣
上記の体質的要因に加えて、以下のような日々の生活習慣が血圧を上げる大きな原因となります。
これらの要因は、ご自身の努力で改善できる可能性があります。
これらの生活習慣は、一つひとつは小さなことでも、積み重なることで血圧に大きな影響を与えます。
高血圧の治療や予防は、決して薬だけに頼るものではありません。
食事や運動、禁煙といった生活習慣全体の見直しが非常に重要です。
本態性高血圧と二次性高血圧
高血圧と診断される方の約9割は、特定の病気が原因ではない、「本態性高血圧」です。
一方、残りの約1割は、腎臓病、ホルモンの異常、睡眠時無呼吸症候群など、他の病気が原因で血圧が上がる「二次性高血圧」です。
二次性高血圧の場合は、原因となる病気を治療することで高血圧が治ったり、お薬を減らせる可能性があります。
そのため、諦めずに原因を探る検査が大切です。
特に、いびきや日中の強い眠気がある方は睡眠時無呼吸症候群の可能性も考慮し、ご相談ください [1]。
(詳しくは、「B. 二次性高血圧とは?原因と治療法」をご覧ください。今後順次アップロードしていきます。)
3. 高血圧のサインと受診の目安
「症状がない」ことが最大の特徴
繰り返しになりますが、高血圧の最大の特徴は「ほとんど症状がない」ことです。
そのため、ご自身では気づきにくく、健康診断などで初めて指摘される方が非常に多いのです [1]。
注意すべき症状とは?
ただし、血圧が著しく高い場合や、高血圧が原因で臓器に障害が起き始めている場合には、以下のような症状が現れることがあります。
これらの症状は、必ずしも高血圧だけが原因とは限りません。
しかし、高血圧が関連している可能性も考えられます。気になる症状があれば、早めに医師に相談しましょう [2]。
受診をおすすめする目安
以下のような場合は、「症状がないから」「忙しいから」と後回しにせず、ぜひ一度、医療機関を受診してください。
早期発見・早期対応が、あなたの未来を守る第一歩です。
4. なぜ治療で血圧コントロールが重要なのか ― データが示す未来
高血圧の治療は、将来の深刻な病気(心筋梗塞や脳卒中など)を防ぐために非常に大切です。
しかし、「どのように治療に取り組むか」が重要です。
そして何よりも、「その結果、血圧がどうなっているか」が、あなたの未来を大きく左右します。
米国の成人1万3千人以上を対象とした大規模な研究[9]があります。
約19年間追跡したこの研究では、血圧の状態によって将来のリスクに大きな違いが出ることが明らかになりました。
【血圧の状態と死亡リスクの比較(正常な血圧の方を基準)】
| リスクの種類 | 高血圧を放置 (未治療) | 服薬中でも血圧が高い (目標値未達成) |
|---|---|---|
| 脳卒中で亡くなるリスク | 約2.5倍 | 約3.0倍 |
| 心臓の病気で亡くなるリスク | 約1.7倍 | 約2.2倍 |
| 全ての原因による死亡リスク | 約1.4倍 | 約1.6倍 |
(参考文献 [9] のデータを基に作成)
注目すべき点
注目すべきは、お薬を飲んでいても血圧が目標値までコントロールできていない場合、依然として非常に高いリスクを抱えているという点です。
そのリスクの大きさは、「高血圧を放置している(未治療)」方と比べても遜色ありません。一部の指標ではむしろより高い数値を示していました [9]。
(※研究の特性上、どちらがより危険かを単純に比較できるものではありませんが、いずれも非常にリスクが高い状態であることは間違いありません。)
最も重要な結論
そして最も重要なのは、お薬などで適切に治療し、血圧が目標値までしっかりとコントロールされている方は、死亡リスクが正常な血圧の方と比べて有意な差はなかった、という事実です! [9]
JSH2025では、この「目標値」が原則として「診察室血圧 130/80mmHg未満(家庭血圧 125/75mmHg未満)」へと、より厳格に設定されました [1]。
この厳格な目標設定の背景には、科学的根拠があります。
SPRINT試験 [4] をはじめとする大規模な臨床研究で、血圧をより低く(例:120mmHg未満)管理した方が、標準的な管理(例:140mmHg未満)よりも心血管イベントや死亡のリスクが大幅に低下することが示されたのです。
JSH2019での基準(140/90mmHg未満など)を達成していた方でも、新しい基準(130/80mmHg未満)を達成できていなければ、まだリスクが残っている可能性があります。
高血圧という『敵』と戦うためには、生活習慣の改善やお薬といった『武器』が必要です。
しかし、これらの武器を使っていても、敵(高血圧)に本当に効いているか(=血圧が目標値まで下がっているか)を確かめなければ、戦いは不利なままです。
特に「目標未達成」の状態は、武器を振るってはいるものの、敵には傷一つついていないのと同じ状況と言えるでしょう。
研究データが示すように、武器(治療法)をしっかり使いこなし、敵(高血圧)を抑え込んでいる(目標達成)状態にすれば、リスクは格段に減ります。
そのために不可欠なのが、ご家庭での血圧測定(家庭血圧)による『効果測定』です。
これによって、治療が本当に効果を上げているのかをきちんと確認し、その結果に基づいて医師が治療法を調整していくことができます。
ただお薬を飲んでいるだけでは、本当に敵に効いているかどうかは分かりません。
また、多くの場合、血圧のお薬は飲み始めてすぐに効果が実感できるものではなく、数週間から数カ月かけてゆっくりと調整を行っていくものです。焦らずに服用を続けることが重要です。
治療効果を確認し、合併症の早期発見につなげるためには、症状がなくても定期的な検査(例えば半年に1回程度など)が推奨されます。
「採血せずに数年放っておいたら、知らないうちに腎臓が悪くなっていた」などといった事態を避けるためです。
(より詳しい検査については「C. 高血圧の検査について」をご覧ください。順次アップロードしていきます。)
5. 家庭血圧測定のすすめ ― あなたの本当の血圧を知る
高血圧治療において、ご自宅で血圧を測定する「家庭血圧測定」は非常に重要です。
なぜ「家庭血圧」がそんなに大切なの?
「毎月、病院で測っているから大丈夫」――そう思っていませんか?
月に1回の診察室での血圧は、1ヶ月(約720時間)のうちの、ほんの数分の記録に過ぎません。
その数分間の数値だけで、残りの大部分の時間の血圧の状態を正確に把握することは非常に難しいのです。
病院では緊張して血圧が上がってしまう「白衣高血圧」という状態があります。
逆に、病院では正常なのに自宅では高い「仮面高血圧」の方もいます。
これらを見つけるためにも、家庭血圧の測定は欠かせません。
正しい測り方のポイント
正確なデータを取るために、以下のポイントを守りましょう [1]。
記録は最高の治療パートナー
測定した血圧値は、血圧手帳やスマートフォンのアプリなどに記録しましょう。
そして、診察時には必ずお持ちください。
この記録は、治療効果の判定やお薬の調整に不可欠です。血圧が安定すれば通院間隔の調整にも繋がる大切な情報となるのです。
(家庭血圧測定のより詳しい方法やコツについては、「E. 家庭血圧測定の詳細ガイド」をご覧ください。今後順次アップロードしていきます。)
6. 当院の高血圧診療の考え方
当院では、科学的根拠に基づき、患者さん一人ひとりに寄り添った高血圧診療を心がけています。
私たちは、医師が一方的に指示するのではなく、患者さんと「相談しながら一緒に進める治療」を目指しています。
どんな些細なことでもご相談いただき、一緒に治療を進めていくことを大切にしています。健康診断で指摘された方もお気軽にご相談ください。
7. まとめ:高血圧と賢く付き合い、未来の健康を守るために
高血圧は、症状がないからこそ放置されがちな病気ですが、確実にあなたの体を蝕んでいきます。
しかし、高血圧は悲観する必要はありません。
生活習慣を見直し、必要に応じて薬の力を借り、そして何よりご自身の血圧に関心を持ち続けることで、そのリスクは十分にコントロールできる病気です。
血圧の治療は、マラソンのようなものです。長く、無理なく続けることが何よりも大切です。
当院では、あなたの伴走者として、最適なペース配分や戦略を一緒に考え、ゴール(健康長寿)までサポートします。
「ちょっと気になるな」と思ったその時が、受診のベストタイミングです。
どうぞ、お一人で悩まず、お気軽にご相談ください。
もっと詳しく知りたい方へ(詳細情報へのリンク)
高血圧について、さらに詳しい情報を知りたい方は、以下の各ページもぜひご覧ください。
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免責事項
この記事は、高血圧に関する一般的な情報提供を目的としており、個別の診断や治療に代わるものではありません。
健康に関するお悩みや症状がある場合は、必ず医師にご相談ください。