Mattoo S, Cherry JD. Molecular pathogenesis, epidemiology, and clinical manifestations of respiratory infections due to Bordetella pertussis and other Bordetella subspecies. Clin Microbiol Rev. 2005;18(2):326-82.
Cornia P, Lipsky BA. Pertussis infection: Epidemiology, microbiology, and pathogenesis. In: Calderwood SB, Kaplan SL, eds. UpToDate. Waltham, MA: UpToDate Inc. (Accessed on June 23, 2025).
Cornia P, Lipsky BA. Pertussis infection in adolescents and adults: Clinical manifestations and diagnosis. In: Calderwood SB, ed. UpToDate. Waltham, MA: UpToDate Inc. (Accessed on June 23, 2025).
Cornia P, Lipsky BA. Pertussis infection in adolescents and adults: Treatment and prevention. In: Calderwood SB, ed. UpToDate. Waltham, MA: UpToDate Inc. (Accessed on June 23, 2025).
【仙台市でも流行中】その長引く咳、百日咳かも?
「風邪はとっくに治ったはずなのに、咳だけが2週間以上も続いている…」
「一度咳き込むと、息が苦しくなるほど止まらない…」
「夜、咳で目が覚めてしまい、よく眠れない…」
このような「長引く咳」にお悩みではないでしょうか。
こんにちは、仙台どうき・息切れ内科総合クリニック院長の諸沢 薦です。
今回は、最近特にご相談が増えている「百日咳(ひゃくにちぜき)」について、皆さんにぜひ知っておいていただきたい大切な情報と、当院の診療方針について詳しくお話しします。
当院が開院予定の仙台市を含む宮城県では今、例年にない規模で百日咳が流行しています。
令和7年の累計患者数は、過去の年間最多報告数を既に大きく上回る警報レベルの状況です[1]。
特に10代の若い世代を中心に感染が広がっていますが、もちろん大人も決して無関係ではありません。
大人の百日咳は、子どものように特徴的な咳が出にくいため、ただのしつこい風邪や気管支炎として見過ごされがちです。
しかし、その咳が、実は免疫のまだない赤ちゃんや小さなお子さんへの重大な感染源になってしまう可能性があります。
この記事が、ご自身の、そして大切なご家族の健康を守るための一助となれば幸いです。
この記事のポイント
1. 百日咳の症状とは?(原因と特徴的な経過)
まずは、百日咳がどのような病気なのか、基本的なところから見ていきましょう。
原因は感染力の強い「百日咳菌」
百日咳は、「百日咳菌(Bordetella pertussis)」という細菌に感染することで起こる呼吸器の感染症です。
この菌は非常に感染力が強く、家庭内などでは免疫のない人が接触すると80%以上が感染・発症するとも言われています[2]。
主な感染経路は、感染者の咳やくしゃみのしぶき(飛沫)を吸い込むことによる「飛沫感染」です。
感染してから症状が出るまでの潜伏期間は、通常7~10日程度ですが、3週間以上かかることもあります[3]。
特徴的な3つのステージ
百日咳の症状は、多くの場合、時間をかけてゆっくりと進行し、大きく3つのステージ(病期)に分けられます[3, 4]。
ステージ①:カタル期(かぜ様症状期)
くしゃみ、鼻水、微熱、そして軽い咳など、ごく普通の風邪と見分けがつきません。
しかし、この時期が最も感染力が強いのが厄介な点です。
ステージ②:痙咳期(けいがいき:激しい咳の時期)
【参考動画:百日咳の咳の実際】
百日咳の咳は、言葉で説明するよりも実際の音を聞いていただくのが最も分かりやすいかもしれません。以下は、英国健康安全保障庁(UK Health Security Agency)が公開している動画です。
「百日咳の咳の様子(英国健康安全保障庁 公開)」
<動画をご覧になる際の注意点>
ステージ③:回復期
激しい咳の発作は徐々に回数が減り、程度も軽くなっていきます。
しかし、咳自体はなかなかゼロにはならず、すっきりと治まるまでには長い時間がかかります。
「百日咳」という名前は、この長い回復期に由来します。
大人は症状が違う?見過ごされやすいサイン
大人が百日咳にかかった場合、子どもの頃の予防接種の効果が残っていたりするため、症状が軽く(修飾されて)なり、典型的な症状が出ないことの方がむしろ多いのです[4]。
「whoop (ウープ)」のような特徴的な音はほとんど聞かれず、以下のような症状がだらだらと続くことが多くなります。
熱や鼻水などの症状はほとんどないのに、咳だけが長く続く。
これが、大人の百日咳の最も注意すべきサインです。
2. 百日咳の検査と診断(当院の方針)
「このしつこい咳、もしかして…」とご来院された際、当院では診断と治療をどのように進めていくのか、その考え方をお話しします。
診断の基本は、丁寧な問診と診察です
咳の診療では、まず肺炎や肺がん、結核など、急を要する、あるいは見逃してはならない病気がないかを確認することが鉄則です。
こうした症状を、医療の世界では「Red Flags(危険信号)」と呼び、特に注意を払っています[7]。
その上で、百日咳の診断で最も大切なのは、患者さんから症状の経過を詳しくお伺いする「問診」と「診察」です。
これらの情報を総合的に判断し、「百日咳の可能性がどのくらい高いか(=検査前確率)」を丁寧に見極めることが、診断の最も重要な第一歩となります。
検査は万能ではありません ~「陽性=病気」とは限らない?~
ご自身の症状について、検査で白黒はっきりさせたい、と思われるお気持ちは、非常によく分かります。多くの方が、検査で「陽性」なら病気、「陰性」なら病気ではない、とお考えになるかと思います。
しかし、実は検査というものは決して万能ではありません。
「大流行中」と聞くと心配になりますが、咳をしている方の原因がすべて百日咳というわけではありません。
むしろ、大流行している状況であっても、咳をしている方全体の中で百日咳の患者さんが占める割合は、ごく一部です。
このため、症状などから百日咳の可能性が低い方にまで検査を行うと、本当は違うのに「陽性」と出てしまう『偽陽性(ぎようせい)』が起こりやすくなります。これが、かえって診断の混乱を招いてしまうのです。
なぜなら、どんな検査も100%完璧ではないからです。
だからこそ、私たち医師は、症状の詳しい経過や周りの状況をお聞きする『問診』を非常に大切にしています。
問診によって、その方が「本当に百日咳である可能性がどのくらい高いか」を慎重に見極めてから、検査の必要性を判断するのです。
心配だからと何でも検査をするのではなく、丁寧な診察に基づいて、本当に必要な検査を見極め、的確な診断につなげること。
これも、私たちかかりつけ医の大切な役割だと考えています。
3. 百日咳の治療法と抗菌薬の本当の「意義」
抗菌薬(抗生剤)を処方する「時」と「目的」
百日咳は細菌による感染症なので、治療には抗菌薬(主にマクロライド系のアジスロマイシンなど)を使用します。
しかし、当院では「風邪症状があれば一律に抗菌薬を処方する」という治療は絶対に行いません。
それは、耐性菌を生み出すリスクなど、社会全体の不利益が大きいからです。
では、どのような場合に抗菌薬治療を検討するのか。そこには2つの大切な「治療の意義」が関わってきます。
意義① 患者さん自身の症状を和らげるため
百日咳のつらい咳は、菌が産生する毒素で気道が傷つくことによって起こります。
そのため、咳が本格化する「痙咳期」に入ってから抗菌薬を飲んでも、残念ながら咳をすぐに止める効果はほとんどありません。
しかし、発症後ごく早期(1~2週間以内)であれば、菌の増殖を抑えることで、その後の症状の悪化をある程度防げる可能性があります[5]。
意義② 【最重要】周囲の赤ちゃんを守るため
これが、成人百日咳の治療における最も重要な目的です。
健康な大人にとって、百日咳は非常につらいですが命に関わることは稀です。
しかし、免疫のない生後6ヶ月未満の赤ちゃんが感染すると、肺炎や無呼吸発作などを起こし、命を落とす危険さえあるのです。
つまり、成人の百日咳治療は、「ご自身のつらい症状を治す」こと以上に、「自分が感染源となって、最も弱い立場である赤ちゃんにうつしてしまうのを防ぐ」という、極めて重要な公衆衛生的な意義を持つのです。
当院の治療判断
上記の意義を踏まえ、当院では以下のケースで百日咳の可能性が極めて高いと判断した場合、検査結果を待たずに治療を開始することを積極的に検討します。
例えば、息つく間もないほど連続する激しい咳き込み(発作性咳嗽)、息を吸うときの「ヒューッ」という音(whoop (ウープ))、咳き込み後の嘔吐などです。
特に、大人ではあまり見られない「咳き込み後の嘔吐」という症状があれば、百日咳をより強く疑う所見となります。
逆に、これらの条件に当てはまらない場合や、発症から3週間以上が経過している場合は、抗菌薬治療の適応にはなりません。
この時期になると、抗菌薬を内服しても咳の症状を改善する効果は期待できず、また周囲への感染力もなくなっていると考えられるためです[5]。
4. 百日咳の予防法(ワクチンと日常の対策)
「かからない、うつさない」ための予防が大切です。
最も有効な予防法は「ワクチン接種」
お子さんの定期接種は必ず受けましょう
生後2ヶ月から受けられる定期接種(五種混合ワクチンなど)は、お子さんを百日咳の重症化から守る最も確実な方法です。
必ず受けさせてあげてください。
大人のワクチン接種について
子どもの頃のワクチン効果は年齢とともに弱まるため、大人が追加で接種することも可能です。
ただし「任意接種(自費診療)」となります。
これは、産まれてくる赤ちゃんを感染症から守るために、周りの大人たちが先にワクチンを接種して免疫の壁(繭:コクーン)を作ってあげる、という考え方です。
日本で使用できる三種混合ワクチンは、妊婦さんへの接種に関する安全性があまり調べられていません。
一方、海外で使用されている混合ワクチンは日本では認可されていませんが、安全性が確立しており、母親から赤ちゃんへ抗体を渡す目的で、妊婦さんに対しては積極的に接種が行われています。
こうした状況を踏まえ、当院では原則として日本で使えるワクチンの妊娠中の接種は行っておらず、かかりつけの産婦人科医との相談が必須となります。
5. よくあるご質問(Q&A)
Q1. 一度かかったら、もう二度とかからない?
A1. いいえ、一度感染しても、その免疫が一生続くわけではありません。年月が経つと免疫の力は弱まってしまうため、大人になってから再び感染することがあります[3]。
Q2. 長引く咳なので、咳喘息とは違う?
A2. おっしゃる通り、長引く咳の原因として「咳喘息」は非常に多く、百日咳との鑑別が重要です[7]。気管支拡張薬(吸入薬)が効きやすいのが咳喘息の特徴で、問診や診察で慎重に鑑別を進めていきます。
最後に
長引く咳は、ご本人にとってつらいだけでなく、社会的な責任も伴います。
特に現在の流行状況下では、決して「たかが咳」と軽視できません。
気になる症状があれば、どうか我慢せず、お早めに当院、またはかかりつけの医療機関にご相談ください。
参考文献
免責事項
この記事は情報提供を目的としており、個別の診断に代わるものではありません。ご自身の健康状態や治療については、必ず医師にご相談ください。