大人の長引く咳は百日咳かも?
症状の特徴から治療・予防法まで
「風邪はとっくに治ったはずなのに、咳だけが2週間以上も続いている…」
「一度咳き込むと、息が苦しくなるほど止まらない…」
「夜、咳で目が覚めてしまい、よく眠れない…」
このような「長引く咳」にお悩みではないでしょうか。
今回は、長引く咳の原因の一つとして見過ごされがちな「百日咳(ひゃくにちぜき)」について、詳しく解説します。
百日咳は子どもの病気というイメージがあるかもしれませんが、10代の若い世代や大人の方でも感染することがあります。
大人の百日咳は、子どものように特徴的な激しい咳が出にくいため、ただのしつこい風邪や気管支炎として見過ごされがちです。
この記事では、百日咳の症状の特徴から、当院での検査・診断方針、そして予防法までを分かりやすくお伝えします。
ご自身の、そして大切なご家族の健康を守るための一助となれば幸いです。
目次
1. 百日咳とは?原因と主な感染経路
まずは、百日咳がどのような病気なのか、基本的なところから見ていきましょう。
原因は感染力の強い「百日咳菌」
百日咳は、「百日咳菌(Bordetella pertussis)」という細菌に感染することで起こる呼吸器の感染症です。
この菌は非常に感染力が強く、家庭内などでは免疫のない人が接触すると80%以上が感染・発症するとも言われています。
主な感染経路
主な感染経路は、感染者の咳やくしゃみのしぶき(飛沫)を吸い込むことによる「飛沫感染」です。
感染してから症状が出るまでの潜伏期間は、通常7~10日程度ですが、3週間以上かかることもあります。
2. 百日咳の症状と3つのステージ
百日咳の症状は、多くの場合、時間をかけてゆっくりと進行します。
大きく以下の3つのステージ(病期)に分けられます。
ステージ①:カタル期(かぜ様症状期)
期間: 約1~2週間
症状: くしゃみ、鼻水、微熱、軽い咳など、ごく普通の風邪と見分けがつきません。
ステージ②:痙咳期(けいがいき:激しい咳の時期)
期間: 約2~6週間(最もつらい時期です)
症状: 百日咳の最大の特徴である、激しい咳の発作が起こります。
「コン、コン、コン!」と、短い咳が連続して息つく暇もなく続きます(スタッカートと呼ばれます)。
咳の発作のあと、息を吸い込むときに「ヒューッ」と笛のような特徴的な音が聞こえることがあります(whoop:ウープと呼ばれます)。
あまりの咳き込みに、嘔吐してしまったり、顔が真っ赤になったりします。
ひどい場合は一時的に呼吸が止まってしまうことさえあります。
【参考動画:百日咳の咳の実際】
百日咳の咳は、言葉で説明するよりも実際の音を聞いていただくのが最も分かりやすいかもしれません。
以下は、英国健康安全保障庁(UK Health Security Agency)が公開している動画です。
<動画をご覧になる際の注意点>
ステージ③:回復期
期間: 数週間~数ヶ月
症状: 激しい咳の発作は徐々に回数が減り、程度も軽くなっていきます。
3. 大人の百日咳は見過ごされやすい?注意すべきサイン
大人が百日咳にかかった場合、子どもの頃の予防接種の効果が少し残っていたりするため、症状が軽く(修飾されて)なり、典型的な激しい症状が出ないことの方がむしろ多いのです。
「whoop (ウープ)」のような息を吸う時の特徴的な音はほとんど聞かれず、以下のような症状がだらだらと続くことが多くなります。
4. 百日咳の検査と診断(当院の診療方針)
「このしつこい咳、もしかして…」とご来院された際、当院では診断と治療をどのように進めていくのか、その考え方をお話しします。
診断の基本は、丁寧な問診と診察です
咳の診療では、まず肺炎や結核など、急を要する、あるいは見逃してはならない別の病気が隠れていないかを確認することが鉄則です。
こうした危険なサインを、医療の世界では「Red Flags(危険信号)」と呼び、特に注意を払っています。
その上で、百日咳の診断で最も大切なのは、患者さんから症状の経過を詳しくお伺いする「問診」です。
これらの情報を総合的に判断し、「百日咳の可能性がどのくらい高いか」を丁寧に見極めることが、診断の最も重要な第一歩となります。
検査は万能ではありません ~「陽性=病気」とは限らない?~
ご自身の症状について、「検査をして白黒はっきりさせたい」と思われるお気持ちは非常によく分かります。
しかし、検査というものは決して100%完璧なものではありません。
長引く咳の原因がすべて百日咳というわけではなく、他の原因(咳喘息など)であることの方が多いのが実情です。
そのため、症状などから百日咳の可能性が低い方にまでむやみに検査を行うと、本当は百日咳ではないのに検査結果が「陽性」と出てしまう『偽陽性(ぎようせい)』が起こりやすくなります。
これが、かえって診断や治療の混乱を招いてしまうのです。
だからこそ、私たち医師は『問診』を非常に大切にしています。
心配だからと何でも検査をするのではなく、丁寧な診察に基づいて、本当に必要な検査を見極め、的確な診断につなげること。
これが当院の診療方針です。
5. 百日咳の治療と抗菌薬の本当の「意義」
百日咳は細菌による感染症なので、治療には抗菌薬(抗生剤)を使用します。
しかし、当院では「咳が出ているからとりあえず抗菌薬を出す」という治療は行いません。
不必要な抗菌薬の使用は、薬が効かない「耐性菌」を生み出すリスクなど、社会全体の不利益につながるからです。
百日咳において、抗菌薬による治療を検討するのには、2つの大切な「意義」があります。
意義①:患者さん自身の症状を和らげるため
百日咳のつらい咳は、菌が作り出す毒素によって気道が傷つくことで起こります。
そのため、激しい咳が続く時期に入ってから抗菌薬を飲んでも、残念ながらすぐに咳を止める効果はほとんどありません。
意義②:【最重要】周囲の赤ちゃんを守るため
成人の百日咳治療において、最も重要な目的がこれです。
健康な大人にとって、百日咳はつらいものの命に関わることは稀です。
つまり、大人の百日咳治療は「自分の咳を治す」こと以上に、「自分が感染源となって、弱い立場である赤ちゃんにうつしてしまうのを防ぐ」という、極めて重要な役割を持っています。
当院の治療判断
上記の意義を踏まえ、当院では以下のケースで百日咳の可能性が極めて高いと判断した場合、治療の開始を積極的に検討します。
6. 百日咳を防ぐための予防法(ワクチン)
百日咳は「かからない、うつさない」ための予防が非常に大切です。
最も有効な予防法は「ワクチン接種」です。
お子さんの定期接種は必ず受けましょう
生後2ヶ月から受けられる定期接種(五種混合ワクチンなど)は、お子さんを百日咳の重症化から守る最も確実な方法です。
スケジュール通りに必ず受けさせてあげてください。
大人のワクチン接種について(コクーン戦略)
子どもの頃のワクチンの効果は、年齢とともに徐々に弱まります。
そのため、大人が追加でワクチンを接種することも可能です(※任意接種となるため自費診療です)。
7. よくあるご質問(Q&A)
Q1. 子どもの頃に百日咳にかかった(またはワクチンを打った)ので、もう二度とかかりませんか?
A1. いいえ。
一度感染したりワクチンを打ったりしても、その免疫が一生続くわけではありません。
年月が経つと免疫の力は弱まってしまうため、大人になってから再び感染することがあります。
Q2. 長引く咳なので「咳喘息」ではないかと心配です。違いはありますか?
A2.
おっしゃる通り、大人の長引く咳の原因として「咳喘息」は非常に多く、百日咳との見極めが重要です。
咳喘息の場合は、気管支拡張薬(吸入薬)が効きやすいという特徴があります。
当院では、問診や診察を通じて慎重に鑑別(見極め)を行っていきます。
8. まとめ:長引く咳を放置せず、早めのご相談を
2週間以上続くしつこい咳は、大人の百日咳のサインかもしれません。
大人の百日咳は症状が軽いことも多いですが、免疫のない赤ちゃんにとっては命に関わる危険な感染源となります。
治療の最大の目的は、周囲の赤ちゃんを守ることです。当院では丁寧な問診で可能性を見極め、適切な治療を判断します。
長引く咳は、ご本人にとってつらいだけでなく、周囲への影響という点でも決して「たかが咳」と軽視できるものではありません。
気になる症状が続いている場合は、どうか我慢せず、お早めに当院にご相談ください。
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【免責事項】
この記事は情報提供を目的としており、個別の診断に代わるものではありません。
ご自身の健康状態や治療については、必ず医師にご相談ください。