「風邪をひいたから、早く治すために抗生物質(抗菌薬)がほしい」
「以前、抗生物質を飲んだらすぐに良くなった気がする」
内科の外来では、このようなご相談をよくいただきます。
お仕事や家事でお忙しい中、辛い症状を少しでも早く治したいと思うのは当然のことです。
しかし、結論から申し上げますと、一般的な風邪に「抗菌薬(抗生物質)」は効果がありません。
それどころか、安易な使用はご自身の体や、将来の医療にとって大きなリスクとなる可能性があります。
この記事では、なぜ風邪に抗菌薬が効かないのか、その医学的な理由とリスク、そして医師がどのように薬を選んでいるのかを解説します。
1. 【結論】なぜ「風邪」に抗菌薬(抗生物質)は効かないのか
原因の90%以上は「ウイルス」だからです
風邪(医学的には「感冒」や「急性上気道炎」と呼びます)の原因の約90%は、「ウイルス」という非常に小さな病原体です[2]。
一方で、「抗菌薬(抗生物質)」はその名の通り、「細菌(菌)」を殺すためのお薬です。
図解:ウイルスと細菌は構造も大きさも全く異なる別物です
| 特徴 | ウイルス | 細菌 |
|---|---|---|
| 代表例 | インフルエンザ、コロナ アデノ、ライノなど | 溶連菌、肺炎球菌 大腸菌など |
| 増え方 | 人の細胞に入り込んで増える | 自分自身で分裂して増える |
| 抗菌薬の効果 | × 効かない | ◎ 効く |
つまり、ウイルスが原因である風邪に対して抗菌薬を飲むことは、「敵がいない場所に爆弾を落とす」ようなものであり、病気を治す効果は期待できません。
抗菌薬が必要なケースとは?
もちろん、抗菌薬は命を救うために不可欠な大切なお薬です。
以下のような「細菌感染症」が疑われ、かつ必要と判断した場合には、私たち医師は躊躇なく適切な抗菌薬を処方します。
これらは「風邪」とは区別して治療を行う必要があります。この見極めこそが、私たち専門医の役割です。
2. 「念のため」のリスクと副作用について
「効かなくても、念のために飲んでおけば安心では?」と思われるかもしれません。
しかし、不要な抗菌薬の使用には、明確なデメリット(害)があります。
副作用のリスク
抗菌薬は「菌」を殺す薬です。
体の中にある「悪い菌」だけでなく、腸内環境を整える「良い菌(善玉菌など)」まで攻撃してしまいます。
そのため、風邪の患者さんが抗菌薬を飲むと、症状が良くならないばかりか、下痢や腹痛、発疹などの副作用に苦しむ可能性が高まります[4]。
3. 薬剤耐性菌の脅威:私の経験から
「耐性菌なんて、遠い世界の話でしょう?」
そう思われるかもしれません。しかし、これはここ仙台でも現実に起きている「身近な脅威」です。
私自身の経験として、このような出来事がありました。
【目の当たりにした「耐性菌」の現実】
以前、4歳だった私の息子がマイコプラズマ肺炎にかかりました。
40℃近い高熱が1週間近く下がらず、食事も摂れなくなり、こども病院に入院することになりました。
もちろん、マイコプラズマに効くはずの抗菌薬(アジスロマイシンなど)を使用しました。
しかし、全く効果が見られなかったのです。
検査の結果、診断は「薬剤耐性マイコプラズマ肺炎」でした。
以前であれば、薬を飲めばすぐに治っていたはずの感染症でした。
しかし、地域全体で「単なる風邪」に対して抗菌薬が不適切に処方され続けてきた背景があります。
その結果、マイコプラズマが薬に打ち勝つ力を持ち、「治りづらい」タイプへと進化してしまっていたのです。
幸い息子は回復しましたが、「不適切な薬の使用が、未来の治療の選択肢を奪う」という現実を、医師として、そして親として痛感しました。
あなたやご家族が、本当に薬を必要としたその時に、「効く薬がない」という事態を避けるためにも、今、適正な使用が求められています[3]。
4. 「抗菌薬が効いた気がする」の正体
「でも以前、別の病院で抗生物質をもらったら、その翌日に治ったことがあるよ」
このような経験をお持ちの方も多いと思います。
実はこれには、「自然治癒のタイミング」が大きく関係しています。
よくあるパターンが、以下のようなケースです。
これは薬のおかげではなく、「ちょうど体が治るタイミング(4日目以降)で薬を飲んだ」という偶然が重なった可能性が極めて高いのです[4]。
これを「薬の効果」と誤認してしまうことは、非常によくあることです。
5. なぜ「不要な抗菌薬」が処方されてきたのか【行動経済学の視点】
「風邪に抗菌薬は不要なことは分かった。でも、なぜ今まで処方されていたの?」そう疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。
この背景には、人間の意思決定の「クセ」を研究する行動経済学で説明できる、患者さんと医師の間の複雑な心理の「すれ違い」があります。[5]
患者さん側に見られる心理的なクセ
①「今すぐ楽になりたい」という気持ち(現在バイアス)
私たちは誰でも、遠い未来の大きな利益より、目の前の小さな利益を優先してしまう心のクセを持っています。
風邪でつらい時、将来の「薬剤耐性菌を防ぐ」という大きな利益よりも、今この瞬間の「薬をもらって安心したい」という目の前の感情をつい重視してしまうのです。
②「あの時も効いたから」という経験則(利用可能性ヒューリスティック)
「以前、抗菌薬を飲んだら治った」という鮮明な記憶は、客観的なデータよりも強く判断に影響します。
科学的には、風邪への抗菌薬の効果は偽薬(プラセボ)と大差ないことが分かっていても、「抗菌薬=効く薬」という強い結びつきが生まれてしまうのです。[4]
③「せっかく来たのだから」という損失感情(損失回避)
時間やお金をかけて受診したのに、「薬はありません」と言われると損をした気持ちになることがあります。
何か具体的な「処方」という形で成果を得たいと感じるのも、自然な心理と言えるでしょう。
医療者側が陥りやすい状況
「風邪に抗生剤は効かない」という事実を知らない医師はおそらく一人もいません。
「プロサッカー選手なのにオフサイドを知らない」というくらい不自然です。
それでも風邪に抗菌薬を処方してしまう医師がいるのには、以下の理由が考えられます。
① 説明コストと時間的制約
限られた診察時間で、抗菌薬が不要な理由を丁寧に説明するのは大変な労力です。
特に混雑している状況では、安易な処方で場を収めてしまう選択に傾きやすくなります。
②「万が一」を避けたい気持ち(後悔回避)
そもそも「風邪」とは、原因に関わらず1〜2週間で自然に治る上気道感染症です。
しかし、「万が一、重い肺炎に進行したら…」という低い可能性を過大に評価してしまうのです。
ある研究によると、抗菌薬を4,000人以上の患者さんに処方し続けて、ようやく1人の肺炎を予防できるかどうか、という程度の結果しか得られないことが分かっています。
一方で、副作用は20〜30人に1人の割合で起こります。[6]
この非常に小さなメリットと、はるかに起こりやすいデメリットを比べると、「念のため」の処方は正当化しにくいのです。
それでも、万が一の重症化を見逃した後悔を避けたいという心理が働くことがあります。
③ 口コミサイトでの低評価への危惧
「薬を出してくれなかった」という不満が、たとえ医学的に正しくても、低評価に繋がる可能性があります。
クリニックの評判という現実的な問題から、患者さんの希望に応えてしまうという圧力も存在します。
このように、双方の立場から見れば理解できる心理が複雑に絡み合い、「抗菌薬の乱用」という問題につながっているのです。
6. 薬は「治す」ためではなく「助ける」ために(対症療法の考え方)
「抗菌薬が効かないなら、せめて風邪薬(咳止めや解熱剤)で早く治したい」
そう思われるかもしれません。
しかし、ここでもう一つ大切な事実をお伝えする必要があります。
一般的な風邪薬(対症療法薬)もまた、風邪を「治す」薬ではありません。[7]
それでも薬を使う意味とは?
では、風邪薬には意味がないのでしょうか?
いいえ、そうではありません。
私たちは、以下の目的のために薬(対症療法薬)を処方します。
つまり、お薬は「自分の免疫がウイルスに勝つまでの間、体力を温存するためのサポーター」なのです。
逆に言えば、食事が摂れて、夜も眠れるのであれば、無理に薬を飲む必要はありませんし、症状が完全に消えるまで飲み続ける必要もありません。
7. 当院の診療方針:不安を安心に変える「説明」という処方箋
当院では、安易に抗菌薬を処方することはいたしません。
その代わり、薬以上に大切な「見通しの説明」という処方箋をお渡しします。
① 丁寧な診察と見極め
問診、聴診、必要に応じた検査(血液検査やレントゲンなど)を行い、ウイルス性の風邪なのか、細菌性の感染症なのかを慎重に見極めます。
② 具体的な「見通し」のお話
「薬を出して終わり」にはしません。ご自身の体の中で何が起き、今後どうなっていくのかをお伝えします。
「熱のピークは今日明日です.明後日からは下がり始めますよ」
「熱が下がった後に、咳がしばらく残ることがありますが、それは治っている証拠です」
このように「予測」ができれば、過度な不安はなくなります。
③ 本当に必要な時は、徹底的に説明します
診察の結果、本当に抗菌薬が必要な場合(肺炎など)は、以下の点を必ずご説明します。
納得して治療を受けていただくことこそが、早期回復への近道だと考えています。
8. よくあるご質問(Q&A)
Q. 咳が止まりません。完全に止める強い薬はありませんか?
A. 咳は「防御反応」です。完全に止めることは、むしろ危険な場合があります。
お辛いことと思いますが、咳を薬で「完全にゼロにする」ことはできませんし、すべきではありません。
咳は、体に入ったウイルスや痰を外に追い出そうとする大切な「防御反応」です。
これを無理やり止めてしまうと、悪いものが肺の中に留まり、かえって肺炎などの重い病気を引き起こしかねません。
治療の目標は、咳を完全に止めることではなく、「夜眠れる程度に和らげて、体力を温存すること」です。
どうかご自身の体がウイルスと戦っている証拠だと思って、焦らず休養をとってください。
Q. 高齢なので肺炎が心配です。念のため抗菌薬をもらえませんか?
A. 予防投与としての効果は期待できず、むしろリスクになります。
確かに、風邪のあとに細菌性の肺炎を起こすことはあります。
しかし、それは全ての患者さんに起こるわけではありません。
肺炎を起こしていない(=戦うべき細菌がいない)段階で抗菌薬を飲んでも、ウイルスには効かないため、肺炎を予防することはできません[6]。
それどころか、腸内細菌など「体を守ってくれている良い菌」を殺してしまうことで、かえって体調を崩すリスクがあります。
当院では、肺炎の兆候がないか丁寧に診察を行います。
もし肺炎の疑いが生じれば、その時点で直ちに適切な治療を開始します。
Q. 黄色や緑色の鼻水・痰が出るのは細菌感染の証拠ではないのですか?
A. 必ずしもそうではありません。
ウイルス性の風邪でも、治りかけの時期には白血球の死骸などが混ざり、鼻水や痰が黄色や緑色になります。
色だけで「細菌感染だから抗菌薬が必要」とは判断できません。
全身の状態や経過をみて総合的に判断します。
Q. 咳が長引いています。抗菌薬(抗生物質)が必要でしょうか?
A. 咳だけが残る場合、多くは抗菌薬の適応ではありません。
風邪の後の咳(感染後咳嗽)や、咳喘息などのアレルギー性の咳である可能性が高いです。
これらに抗菌薬は効きません。
吸入ステロイドなど、別の適切な治療が必要です。ぜひ一度ご相談ください。
9. まとめ
風邪のほとんどはウイルスが原因であり、抗菌薬は効きません。
「念のため」の服用は、副作用や薬剤耐性菌のリスクを高めます。
風邪薬(対症療法)も「治す」薬ではなく、回復までの「体力を温存する」ためのものです。
当院では、薬に頼るのではなく、正確な診断と「今後の見通し」をしっかりお伝えすることで、患者さんの不安を解消します。
風邪症状でお困りの方、また「他院で薬をもらったけれど良くならない」「本当にこの薬が必要なのか」と不安をお持ちの方は、ぜひ仙台どうき・息切れ内科総合クリニックへご相談ください。
あなたの「不安」に耳を傾け、科学的根拠に基づいた医療を提供いたします。
参考文献
[1]毎日新聞. “風邪やインフルで抗菌薬処方は原則NG 保険請求「認めない」方針”. 2025年9月11日.
[2]厚生労働省. 抗微生物薬適正使用の手引き 第二版.
[3]国立国際医療研究センター病院 AMR臨床リファレンスセンター. 薬剤耐性(AMR)ってなんだろう?.
[4]Kenealy T, Arroll B. Antibiotics for the common cold and acute purulent rhinitis. Cochrane Database Syst Rev. 2013;(6):CD000247.
[5]大竹文雄, 平井啓 編著. 医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者. 東京: 東洋経済新報社; 2018.
[6]Little, P. Prescribing antibiotics for self limiting respiratory tract infections in primary care: summary of NICE guidance. BMJ. 2008;337:a437.
[7]Sexton D, McClain MT, Bird A. The common cold in adults: Treatment and prevention. UpToDate.
[8]Smith SM, Schroeder K, Fahey T. Over-the-counter (OTC) medications for acute cough in children and adults in community settings. Cochrane Database Syst Rev. 2014;(11):CD001831.
【免責事項】
この記事は情報提供を目的としており、個別の診断に代わるものではありません。ご自身の健康状態や治療については、必ず医師にご相談ください。